差別社会は人間が生み出したもの。

高層マンションに住み、高級車に乗り、高級レストランで食事をする事がレベルの高い生活だと、木や土で住居を作り、狩り等で生活する人々をレベルの低い人達だと。

学校の教科書でも学びましたが、そもそも発展途上国という言葉も失礼な話です。

何を持って発展と言うのでしょうか?

昔、西洋人がその発展途上国だと言われてきた国々で、もっと良い生活が出来るからと野菜などの食料を植えていた畑をタバコ栽培へと変えていきました。

今では、タバコは身体に悪いからと多くのタバコ農家が生活する事が出来なくなりました。

原始的な自給自足の生活の何が悪いのか?

近代化する必要が何処にあるのか?

失礼だと思いますし、疑問にも思うのです。

ただの差別だと私は感じますし、発展という言葉のエサを与え、利用しただけにすぎないのです。

昨日、車を運転しておりますと、夕方前に太陽が突然雲の間から出て来て強い日差しと共に周りの空気をとても暖かくしてくれました。

そこで思ったのが、「私にも太陽は光を与えてくれるのだ」と。

宇宙全体でもそうですが、太陽、月、地球と自然なものは差別をしないのだと。

生活する地域によって差は有りますが、誰にでも平等に与えてくれるのです。

景色もその一つですね。

平等に感動を与えてくれます。

人間は収入の差によって生活の差というものは有りますが、大差は無いのだと。

一日24時間、その3分の1は寝ているのです。

高級なベットや布団で寝ていようと、せんべい布団で寝ていようと眠ってしまえば同じです。

汚い話で申し訳ありませんが、高級なレストランで食事をしようが、大衆食堂で食事をしようが、下から出る物に差はありません。栄養に関しても多分そうでしょう。

その証拠に、大富豪の方々でも病気にはなりますし、長生きしてもせいぜい100歳でしょう。

朝、目を覚ませば全ての人には平等に太陽は光を与えてくれるのです。

ありがたいことです。

それなのに感謝が少なく、寒いだ暑いと文句ばかり言っていては太陽も残念に思う事でしょうね。

この世に不幸というものが存在するならば、それは私達人間が与えてくれているものに気が付こうともせず、不平不満ばかりを言っているにすぎないのです。

ようするに、差別同様、不幸も私達人間が創り出したものなのです。

与えてくれているものの多さに気が付き、それに心から感謝しなければいけません。

その感謝が足らない分、私達人間自身が不幸を創り出しているだけなのだと気が付いて下さい。

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